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戦艦大和の最期

さて、今日4月7日は、何の日でしょう?






















そう、今から69年前の今日は、坊の岬海戦のあった日です。



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矢矧
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浜風
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大和
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といった軍艦たちが、沈んでいった日です。

それはそうと、霞ちゃんのストレートヴァージョン可愛いです。

参考画像に実際の軍艦か、艦娘使うか悩んだんですが、こちらのほうを採用させていただきました。



























時は終戦間際の1945年、大日本帝国の聨合艦隊(以下・帝国海軍)は深刻な燃料・資材不足に喘いでいました。

資源不足を解消するため、帝国海軍は、当時第四航空戦隊を牽引していた












日向・伊勢
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といった、航空戦艦の2隻を中心とした艦隊を、輸送任務に当たらせます。

航空戦艦として改造された2隻ですが、2隻とも肝心の艦載機を搭載していなかったことから、この作戦に選ばれたのではないかと考えられています。

この作戦は、シンガポールに上陸した日向たちの部隊が、飛行甲板に燃料の入ったドラム缶や、錫といった航空燃料を満載し、日本へ帰還しようというものでした。

作戦名は、戦略的物資輸送任務「北号作戦」です。

しかし、米軍に暗号が解読され、航空部隊からの激しい攻撃を受けてしまいます。

伊勢の砲撃や、作戦の司令官である松田千秋少将の指示による戦艦らしからぬ素早い回避行動が功を奏し、部隊は無傷で広島の呉軍港に帰還しました。

艦これの伊勢と日向の回避が高いのは、このエピソードが基になっているのではと思います。

半分帰還すれば上等という予想をはるかに上回る戦果を挙げ、連合艦隊の士気は大いに向上したようです。

しかし、燃料不足の状況は変わらず、伊勢と日向は、呉軍港にて浮き砲台となってしまいます。

ちなみに呉には・・・















榛名
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青葉
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北上
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利根(画面左)
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といった面子が揃っておりました。

しかし、3月中旬に、米軍による呉軍港への空襲が始まってしまいます。







話を戻しましょう。





北号作戦には成功したものの、獲得資材は中型輸送艦1隻分に過ぎず、帝国海軍は資源不足から抜け出せないでいました。

永遠の0をご覧になった方なら、宮部さんの台詞から分かると思いますが、粗悪な零戦が出回るようなほどの深刻な状況だったそうです。

そこで、何か手を打たねばと考えた末の決断が・・・

























そう・・・大和特攻でした。

この作戦については、反対意見も残っており、

「これが作戦と呼べるのか」

という意見も飛んでいる始末です。

しかし、手はずを整えた帝国海軍は、大和特攻を決行します。




























「神機将ニ動カントス。
皇国ノ隆替繋リテ此ノ一挙ニ存ス。
各員奮戦激闘会敵ヲ必滅シ以テ海上特攻隊ノ本領ヲ発揮セヨ」

(天はまさに動いている
天皇の国(わが国)の繁栄を導く機会がここに押し寄せてきた
全員、死に物狂いで敵を滅ぼし、かつ特攻隊の本領を発揮し、最期は海へ散ろう)


































大和艦長のこのような訓示を受け、大和、矢矧をはじめとする艦隊は、二度と帰ることのない本土を後にし、沖縄へと出撃しました。
出撃部隊はこんな感じです(霞ちゃんゴメン・・・)
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4月7日、戦艦大和、軽巡洋艦・矢矧以下第二水雷戦隊は、沖縄へ向かっておりましたが、この動きを察知した米軍に早朝、攻撃を仕掛けられます。

この際、大和を守るために多くの特攻機が敵艦隊へと突撃し、命を散らしていきました。


















この攻撃は非常に激しさをともなう、いわば激戦でした。

大和とともに航行していた駆逐艦・浜風や矢矧は、この攻撃によって航行不能に陥り、浜風はまもなく沈没しました。

一方の矢矧は、航行不能に陥った後も沈むことはありませんでしたが、さらに魚雷7発、爆弾12発を被弾し、14時7分に沈没しました。

その矢矧を助けようと奮戦していた駆逐艦・磯風も、その甲斐虚しく、沈没しました。






大和は左舷に集中して攻撃を受けたのですが、船体を傾けることなく、砲撃を続けました。
























しかし、米軍の攻撃はとどまることを知りません。

午後を過ぎても攻撃は豪雨の如く続き、駆逐艦・霞が被弾、航行不能に陥ってしまいます。













大和は左舷を集中的に被弾され、船体は左へ傾こうとしておりましたが、右舷へ注水作業を行って船体を安定させ、依然航行を続けていました。

しかし、遂に右舷にも魚雷が命中してしまし、その傾きも大きくなってきました。

最期を悟った艦長は、艦長室へと入り、鍵をかけ・・・



























14時23分、戦艦大和は、大爆発とともに沈没しました。


























大和を失った艦隊は帰投しましたが、霞は自力で航行することが出来なかったため、駆逐艦・雪風によって、雷撃処分となりました。






大和や矢矧の生存者は、雪風 初霜をはじめとする駆逐艦らが救助していきました。




























ちなみに、大和が被弾した魚雷の数は、日米両軍の報告が大きく異なっていることから、実際の数値はよくわかっておりません。

参考までに、同じ大和型戦艦の「武蔵」は、魚雷20発以上、爆弾20発近くを被弾しながらも、9時間もの間耐え忍んでいました。

大和の被弾も、そのような大規模だったのでしょうか?




























黙祷は捧げたので、今日はこの艦隊に、本来大和特攻に出撃予定だった響を加えてどこかの海域にでも遊びに行こうと思います。




















艦これは史実を知れば知るほど、台詞の意味が分かってくるのも楽しみのひとつですよね。

大和の中破絵で、傷が左に集中しているとか、ミッドウェー勢の中破絵の飛行甲板の傷は、史実通りであるとか。


声でいうと、加賀さんの五航戦へのあの台詞は、実際の加賀の搭乗員の態度に由来してますし、時雨ちゃんの艦隊帰投の台詞や、満潮ちゃんの入渠の台詞は、史実を知るともう・・・

うん・・・






P.S

レイテ瑞鶴か大和改のフィギュアが切実に欲しいです。

どこかで企画していただきたい!!!
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ブログ開設:2014/3/30

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